blog 迷子のままに:

山下耕平(やました・こうへい)
NPO法人フォロ事務局長、不登校新聞社理事など。

不登校、ひきこもりなどを中心に、書いてます。
一部は「なるにわブログ」から引き継いでます。

   

「デクノボーになりたい」とは言えても……

先の記事で、価値を低く見積もられても、切り捨てられても、だからこそ、そこに立ち続けたい、と書いた。それは、まあ、私の勝手な矜恃だ。しかし、価値を低く見積もられることの問題というのは、フリースクールや居場所関係者にとってよりも以前に、不登校やひきこもりの当事者に向けられるまなざしの問題だろう。

学校に行かなくなったり、ひきこもったりすると、周囲からは価値のない存在とまなざれる。それは、価値が低いどころか、否定のまなざしであるし、当事者にとっては、存在の根本にも関わる問題だろう。

そこで、「学校に行かなくても社会でやっていける」「学校外でもちゃんと学べる」というような主張が出てくるのは、当然と言えば、当然なのかもしれない。それを否定することはできない。また、不登校やひきこもりから社会的に成功する人がいても、それ自体を批判したり否定する必要はまったくない(ややもすると、それは、ただのやっかみになるだけだろう)。

しかし、不登校やひきこもりを否定視する価値観と対峙しないまま、方法論としてのみ、多様な学び方があるとか、「学校に行かなくても社会でやっていける」というばかりでは、そのツケはどこかでまわってくるだろうなと思う。少なくとも、当事者ではなく、フリースクールや居場所関係者など、周囲の人間がそういう言説をふりまくことは、慎むべきだろう。

一方で、低く見積もられても、切り捨てられても、そこに立ち続けたいなんて言うのは、自分の勝手な矜恃としては言えても、当事者に求められるものではないと思う。「デクノボーになりたい」とは言えても、「デクノボーになりなさい」とは言えないし、言ってはならない。

このあたりを、当事者に向かって言いうるとしたら、「自分のなかのデクノボーの部分を大事にしよう」ということだろうか……いやいや、やっぱり、それも説教くさいような気がする。言葉で語るより、デクノボーとして黙然と立ち続けていれば、それでよいのだろう(ついつい饒舌に言葉にしてしまうあたりが、まだまだデクノボーにはなれない証左だ)。

デクノボーになりたいとは言えても、なかなか、簡単にはなれそうにはない。

低く見積もられる側に立つということ

お金の使い方には、その人の価値観が反映される。フリースクールや居場所などの場合、その価値が低く見積もられていることも多く、切り捨てられる対象となりやすい。学校や塾や、あるいは医者やカウンセラーなどには高いお金を払っても、フリースクールや居場所には、お金を払うだけの価値は見いだしてもらいにくいのだ。それがなぜかと言えば、「解決」をそこに見いだせないからだろう。「解決」してもらえる期待を持てないから、と言ったほうがよいかもしれない。

お金を出す側の期待を背負って、「解決」を提示したり、引き受ければ、お金は入ってくるようになるかもしれない。そこで、ややもすると「不登校でも成功した」とか、「ひきこもりから脱出した」とか、そういう幻想をふりまくことになる。でも、それは幻想でしかないし、幻想を背負ったツケは、どこかでかならずまわってくるだろう。また、それは、お金を出す側の価値観に従うということであって、その価値観に対峙することにはならない。

お金を出す側の価値観からは、低く見積もられてしまう。それがくやしい。だから、高く見積もってもらえるようにしたい。そういう気持ちが、関係者のなかにはあるのではないか。それは、お金がほしいというよりも、価値として低く見積もられていることへのくやしさだろう。少なくとも、私には、そのくやしさはある。

たとえば、教育機会確保法案をめぐっても、フリースクールなどを制度として認めてほしいという背景に、そのあたりの心情が底に流れているように思う。

でも、そこが正念場なのだと思う。低く見積もられても、切り捨てられても、だからこそ、そこに立っていく必要があるのではないか。私は、宮沢賢治の言う「デクノボー」のように、褒められもせず、苦にもされず、そういう場所に立ち続けたいと思う。

→つづき:「デクノボーになりたい」とは言えても……

 
国立民族学博物館にて(本文と直接関係ありません)。

7/10 吉田敦彦さんとの対談

7月10日、「多様な学びと法制化をめぐる動きから見えてきたこと」というテーマで、吉田敦彦さんと対談してきた(主催:おるたね関西)。

吉田さんから、「膝詰めで本音で意見交換したい」との申し出があり、今回の対談集会となった。くわしい内容については、主催者から記録の扱いなどについて意向が示されると思うので、それを待ちたい。

私が論点として提案したのは、下記の点だった。

…………………………………………………………………………………………

・法案の土台の問題
→不登校を立法事実にしながら教育機会の確保
→個別学習計画をめぐる問題の整理

・不登校のニーズ/多様な学びのニーズ
→「休む」ことをめぐって

・「学校の外」とは何か
→「学校」に対する自律性/市場に対する自律性

・「選ぶ」ことをめぐって
→〈誰が〉〈何を〉〈どういう基準で〉?

・多様性とは?
→子どもの多様性/学び・教育の多様性
→インクルーシブ教育と教育の多様性

・公共のあり方について

…………………………………………………………………………………………

吉田さんも私も、今回の対談においては、法案への賛否ではなく、法案で問題になったことを整理するとともに、法案以前の問題をきちんと話し合い、そこから今後を考えることを旨としていた。その趣旨は果たせたように思う。

法案は、大きな社会的な動きの氷山の一角に過ぎない。法案が仮に流れたとしても成立したとしても、その情勢に変わりはない。今回の対話を、今後のための「一歩前進」としたい。

議論・対話のために

教育機会確保法案は、次の臨時国会での継続審議ということになりました。それまでに、きちんと議論をすることが必要でしょう。この間、私なりに論点を整理したいと思って、このブログに書き散らしてきました。ただ、ブログだと順番が逆になっていたり、バラバラとしていて読みにくいので、4月以降に書いたものを、いくつか、下記PDFにまとめました。

→PDF

賛否を問わず、議論できる論点は整理したつもりです。
よかったら読んでいただき、ご意見をいただければと思います。また、さまざまな方と対話できる機会があればと願っています。


プロフィール

HN:
山下耕平
性別:
男性
自己紹介:
埼玉県生まれ。大学を中退後、フリースクール「東京シューレ」スタッフを経て、1998年、『不登校新聞』創刊時から、2006年6月までの8年間、編集長を務めた。また、2001年10月、フリースクール「フォロ」設立時より、同事務局長を務める。2006年10月より、若者の居場所「コムニタス・フォロ」を立ち上げ、コーディネーターをしている(現在は「なるにわ」と名称変更)。2009年2月、『迷子の時代を生き抜くために』を上梓。

拙 著


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