blog: 迷子のままに


山下耕平(やました・こうへい)
NPO法人フォロ事務局長、不登校新聞社理事、
関西学院大学非常勤講師など。
おもに、不登校、ひきこもりなどにについて書いてます。

   

「見える化」より「見えない化」を

子どもの居場所について、印象的なエピソードがある。神奈川県川崎市で「たまりば」を開いてきた西野博之さんの話だ。1991年、西野さんたちは6畳と4畳半のアパートを借りて「たまりば」を始める。そのアパートを借りるのもたいへんで、やっとの思いで確保した自分たちのスペースだったのだが、子どもたちは、初日から天井裏に登って掃除を始めて、掃除が終わると、「ここが私たちの居場所よ」と言ったそうだ。その言葉に、西野さんはたいへんショックを受けたという。

 彼女たちは言葉ではそうは言わなかったけど、体を張って「あんたも親や先生と同じだ」と言っていたんだと思うんです。不登校しているあいだ、勉強が遅れないように勉強しようとか、いろんな体験活動もしたほうがいいとか、体も動かしたほうがいいとか、人とコミュニケーションできるスキルを身につけたほうがいいとか、学校に行かなくなって欠けてしまう部分を何とかしてあげなきゃいけないと思ってるんじゃないかって。いいひとヅラして子どもたちに「ゆっくり休んだらいいよ」って言いながら、それだけじゃいけない、何かしてあげなきゃいけないという空気が、僕の毛穴からにじみ出ていたんだろうと思うんです。だから子どもたちは立てこもった。「大人が勝手によかれと思って、いろいろ大きなお世話を焼かないでよ。私たちはホッとしたいんだ」というメッセージが込められていたんじゃないかと思います。
(略)
 それからやっと、僕は子どもたちと話し合うことができた。「わかった。よけいなお世話をできるだけ焼かないようにする。君たちがしたいように過ごしたらいい。したくないことは何もしなくていいよ」と取り決めて、僕らはスタートしました。
(『居場所とスクールソーシャルワーク』子どもの風出版会2018)
子どもの側に立つというのは、こういうことだったのではないか。子どもとともに場をつくるとは、こういうことだったのではないか。私のささやかな経験に照らしても、そう思う。ただ、正直に言えば、その後、現在にいたるまで、こういうことはどんどん難しくなってきているように感じる。

その背景には、いろいろなことがあるのだと思う。ただ、ひとつ言うとすれば、「天井裏」のような場が子どもの世界からどんどん奪われていて、それゆえに子どもが苦しくなっているのは、たしかなことのように思う。大人の目が届かない、しかし、大人が信頼してまかせてくれている領域。いまや、「見守り」という名のもとに、子どもにGPSをつけるのがあたりまえのようになり、何かあれば親にメールが届く。子どもどうしが勝手に遊べる場所はどんどんなくなって、監視カメラやら何やら、大人のまなざしから逃げることができなくなってしまっている。これほど息の詰まることがあるだろうか。

児童精神科医のウィニコットは、「子どもは誰かといっしょのとき、ひとりになれる」と言ったそうだ。そばにはいる、しかし、子どもが見えないところにいても信頼する。そういう安心感が、大人からも子どもからも奪われている。


●学校と距離をとっても

不登校に即して考えても、同じことが言える。十数年前から、学校を長期欠席してもICTを使って勉強をすれば出席扱いされることになった。くわえて、いまや多様な教育機会という名のもと、AIを使って学習ログを蓄積するだの、コミュニケーションボットとの会話で生活リズムや趣味嗜好まで把握するだの、子どもたちの言動が、どこまでも「見える化」されようとしている。これでは、学校と物理的に距離をとったところで、「学校」から逃がれられなくなってしまう。かえって教育評価のまなざしは細分化され、家であろうがどこであろうが、くまなく入り込んでくる。あまりの悪夢に、私のようなおじさんはゲロが出そうなのだが、それは「昔はよかった」的な、中年のぼやきでしかないのだろうか? なんだかそんな気もするのだが、それでも、いまの子どもの苦しさには、常にまなざされていることの苦しさがあるように思えてならない。その苦しさが、あたりまえのことになりすぎているのではないか?

子どもにとっては、「見える化」ではなく、「見えない化」こそ大事なのではないか。「見える化」は、毛穴から「してあげなきゃ」オーラがにじみ出た大人(別名「支援臭」漂う大人)を喜ばせるだけだ。見えなくても、子どもを信頼する度量を持とう。たとえ中年のぼやきであっても、そう言いたい。

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心に沁みました。

  • by 長谷川佳江
  • URL
  • 2019/07/11(Thu)10:53
  • Edit
息子は、ひきこもり状態になる前「お母さんの子宮にかえりたい。ずっと眠りたい。」と話していました。不登校になってからは、焦らず粘り強く寄り添ったつもりです。現在息子は、通信制高校に在籍しています。

No Title

  • by 山下耕平
  • 2019/07/11(Thu)23:02
  • Edit
長谷川佳江さま

コメント、ありがとうございます。渦中のときは、いろいろありますよね。私の息子も、公立の通信制高校に通っていました。60代以上の同級生と学んでいたりして、いろいろおもしろかったようです。そういう牧歌的な通信制は、だんだんなくなってきているのだと思いますが……。

プロフィール

HN:
山下耕平
性別:
男性
自己紹介:
1973年、埼玉県生まれ。大学を中退後、フリースクール「東京シューレ」スタッフを経て、『不登校新聞』創刊時(1998年)から8年間、編集長を務めた。2001年、フリースクール「フォロ」設立時より、同事務局長を務める。2006年より、同法人で18歳以上の人の居場所を始め、コーディネーターをしている(なるにわ)。2012年より関西学院大学で非常勤講師。著書に『迷子の時代を生き抜くために』(北大路書房2009)。野田彩花さんとの共著に『名前のない生きづらさ』(子どもの風出版会2017)。写真は、内池秀人さん撮影。

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